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浦和地方裁判所 昭和31年(ワ)205号 判決

原告 井原九兵衛

被告 謝発栄

主文

被告は原告に対し別紙第二目録記載の建物を収去し、その敷地である別紙第一目録記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

原告は、昭和二十三年一月以来、訴外山田芳太郎からその所有にかかる浦和市北浦和町三丁目三十六番地宅地二百二十坪を賃借し、その一部を自己所有にかかる倉庫の敷地とし、残余の部分を訴外新井房江外二名に宅地とし転貸していたものであるところ、被告は右土地の所有者である訴外山田芳太郎に対抗し得る何等の権原もないのに原告の右賃借地の内別紙第一目録記載の部分(以下本件土地と称す)の上に、別紙第二目録記載の建物以下本件建物と称すを所有し、その敷地として右本件土地を占有している。よつて原告は、本件土地の賃借権を保全するため、賃貸人である訴外山田芳太郎の被告に対する所有権に基く妨害排除請求権を代位行使して、被告に対し本件建物を収去してその敷地である本件土地を明渡すべきことを求めて本訴請求に及んだ。

と述べ、被告の抗告に対し

被告主張の抗弁事実中、被告が被告主張の日時に訴外新井房江から同人所有の本件建物を譲り受け(同日その旨の登記をなした)ことは認めるが、その余の事実はすべて争う。本件土地を含む宅地二百二十坪は、昭和十一、二年頃より原告の兄訴外井原徳蔵が、地主である訴外山田芳太郎から賃借していたのであるが、同人が昭和二十二年八月、右山田に無断で本件土地を訴外新井房江に転貸したことから紛争が起き、それを解決するため原告が兄徳蔵に代つて昭和二十三年一月改めて訴外山田芳太郎から本件土地を含む宅地二百二十坪を賃借し、併せ原告の右新井に対する本件土地の転貸を承諾して貰つた次第であつて訴外新井房江は本件土地の転借人である。

と述べ、

立証として甲第一号証の一ないし五、第二及び第三号証を提出し、証人山田芳太郎(第一回)の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第三号証の一、第四号証の一及び二の成立は知らないが、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

原告の主張事実中、本件土地を含む宅地二百二十坪の所有者が、訴外山田芳太郎であること及び被告が本件建物を所有し、その敷地として本件土地(但し、坪数は本件土地の外七坪七合五勺を含めて五十坪)を占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。原告は地主山田芳太郎から右宅地二百二十坪の差配を委任されているに過ぎず右宅地の賃借人ではないから所有者の権利を代位行使することは許されない。

と述べ、抗弁として

本件土地は訴外新井房江が訴外井原徳蔵の紹介により昭和二十二年八月地主である訴外山田芳太郎から建物所有の目的で賃借し翌二十三年一月その上に本件建物を建築所有するに至つたものであるが、被告は昭和三十一年五月二十八日右新井から本件建物を買受け(同日その旨の登記を了し)併せ本件土地の賃借権を譲り受けたものである。而して右譲渡については、その当時訴外山田芳太郎及び原告の承諾を得ているから原告の請求は失当である。

仮りに右訴外山田芳太郎の承諾を得ていないとしても、被告は本件土地の賃借人である訴外新井房江から本件建物を取得したものであるから、本件土地の賃貸人である訴外山田芳太郎に対し本訴(昭和三十一年九月三日午前十時の口頭弁論期日)において本件建物の買取を請求する旨意思表示した。従つて被告と同人との間には本件建物につき本件建物の価格である金百二十万円を代金とする売買契約が成立したと同一の効果を生じたというべきであるから訴外山田芳太郎の右代金の支払いと引換えでなければ原告の請求には応じられない。

と述べ、

立証として乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし四、第四号証の一及び二を提出し、証人山田芳太郎(第一、二回)小泉はるよの各証言、鑑定人徳田信夫の鑑定並びに被告本人尋問の各結果を援用し、甲号各証の成立はいづれも知らないと述べた。

理由

本件土地を含む宅地二百二十坪が訴外山田芳太郎の所有であること及び被告が本件建物を所有しその敷地として右宅地二百二十坪の内にある本件土地四十二坪二合五勺を占有していることは、当事者間に争いがない。

そこで先づ原告が、本件土地につき訴外山田芳太郎に対する賃借権を有するか否かを判断するに、証人山田芳太郎(第一、二回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一ないし五、同第三号証、成立に争のない乙第二号証の一、二同第三号証の二ないし四と、証人小泉はるよ、同新井房江の各証言の一部(後記信用しない部分を除く)、同山田芳太郎(第一、二回)の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告の兄訴外亡井原徳蔵は昭和十四年五月頃より訴外山田芳太郎からその所有にかかる前記宅地二百二十坪を建物所有の目的で賃貸期間を満十ケ年(借地法第十一条、第二条により三十年とされる)賃料一ケ月十六円五十銭、毎月二十八日持参払の約束の下に(賃料はその後数次増額された)賃借していたものであるところ、昭和二十二年八月頃知人新井の懇請により同人の妻訴外新井房江に右宅地の内本件土地を建物所有の目的で特に期間を定めないで賃料一ケ月百二十七円余(但し数次に亘り増額された)の約束の下に地主山田芳太郎に無断で転貸するに至つたこと、及び翌二十三年一月訴外新井房江が右転借地上に本件建物を建築所有するに至つたことから地主山田芳太郎と右徳蔵との間に紛争が起き、その解決として原告が昭和二十四年二月頃地主山田芳太郎の了解の下に、兄徳蔵の右宅地二百二十坪に対する賃借権と訴外新井房江等に対する転貸人としての地位を承継し、爾来原告は右宅地二百二十坪の賃借人として現在に迄及んでいることが認められる。証人新井房江、同小泉はるよの証言中、右認定に反する部分は、たやすく信用することができず他に右認定を左右する証拠はない。而して右認定によれば、原告が本件土他の賃借人として、これを保全するため賃貸人である訴外山田芳太郎の被告に対する所有権に基く妨害排除請求権を代位行使することは許されるものといわなければならない。

次いで被告の、本件土地につき訴外山田芳太郎に対抗し得る賃借権を有する旨の抗弁を判断するに、前記認定によれば訴外新井房江は本件土地につき訴外山田芳太郎に対抗し得る転借権を有するというべきところ、被告が昭和三十一年五月二十八日右新井からその所有にかかる本件建物を譲り受け、同日その旨の登記を経由したことは、当事者間に争いはない。而して、右争のない事実と被告本人尋問の結果を併せ考えれば、被告は訴外新井房江から本件建物を譲り受けると共に併せ本件土地の転借権を譲り受けたことを認むることができ、右認定に反する証拠はない。然し、右転借権の譲受を以て本件土地の賃貸人である訴外山田芳太郎に対抗するためには同人の承諾が必要であるところこの点に関し被告の主張に合致する証人新井房江の証言及び被告本人尋問の結果は、後記各証拠に照してたやすく信用できず、却つて証人山田芳太郎(第一、二回)の証言及び原告本人尋問の結果によれば、賃貸人である訴外山田芳太郎及び転貸人である原告の両名は、いづれも訴外新井房江又は被告から右転借権の譲渡につき承諾方を懇請されたが、右山田芳太郎は本件土地は原告に賃貸しているから自分の自由にはならないと申向け、原告は右訴外新井房江に転居の折は、本件建物を自己に売つてくれと申入れてあつたところ、原告に連絡することなしに被告に売り渡した等の事情もあつて終始これを拒絶していたことを窺うことができる。してみれば、右転借権の譲受を以て賃貸人たる訴外山田芳太郎に(従つて転貸人にして且つ同訴外人の権利を代位行使する原告にも)対抗し得ないものと解するの外はない。

そこで進んで被告の訴外山田芳太郎に対し本件建物の買取請求する旨の抗弁を判断するに、前記認定によれば、被告は本件建物の所有権を取得すると同時に訴外新井房江の本件土地に対する転借権を併せ譲り受けたものであるところ、右転借権の譲渡については賃貸人である訴外山田芳太郎の承諾も転貸人である原告の承諾も得られなかつたのであるから被告は借地法第十条により建物買取請求権を取得するものといわなければならない。而して建物買取請求の相手方は借地法第十条において賃借権の譲渡または転貸に対する承諾を拒絶した賃貸人と定められているが、転貸借契約がなされている場合において転借権を譲渡しまたは再転貸するについては、原則として(特に、賃貸人が転貸人「賃借人」に対し、転借権の譲渡または再転貸の承諾をその裁量にまかせておる場合は転借権の譲渡または再転貸が転貸人「賃借人」の承諾のみにかかつている、従つて買取請求の相手方となるのは転貸人「賃借人」のみとみられる場合の外は)賃貸人及び転貸人(賃借人)双方の承諾を必要とし、この場合何人が買取請求の相手方となるかも賃貸人、転貸人(賃借人)のいずれが承諾を拒絶したかによつて決せられるべきである。賃貸人が承諾を与えたのにかかわらず転貸人(賃借人)が承諾を拒絶した場合、買取請求の相手方となるのは転借人に対し直接契約の当事者である転貸人(賃借人)であることは疑がない。転貸人(賃借人)が承諾を与えたのにかかわらず賃貸人が承諾を拒絶した場合、買取請求の相手方となるのは直接契約の当事者ではないが賃貸人と解すべきであろうが、賃貸人及び転貸人(賃借人)の双方が承諾を拒絶した場合にあつては直接契約の当事者であり賃貸人に優先して借地を利用する権原を有する転貸人(賃借人)に対して買取請求をなすべきものと解するのが相当である。殊に、本件においては右山田芳太郎は被告等に対し原告に本件土地を賃貸しているから自分の自由にはならないと申向けていることは前述のとおりであるから、被告が昭和三十一年九月三日の口頭弁論期日において訴外山田芳太郎に対し本件建物の買取請求の意思表示をなしたことは記録上明かであるが、これによつて訴外山田芳太郎と被告との間に本件建物につき同日の時価を代金額とする売買契約が成立したと同一の効果を生ずるいわれはないものといわざるを得ない。従つて、被告の右抗弁はこれを容れることはできない。

してみれば、被告は原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべき義務あること明かである。

よつて原告の本訴請求は正当であつてこれを認容すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言を付するのは相当でないと認め、この点の申立は却下することとする。

(裁判官 浅賀榮)

別紙

第一目録

浦和市北浦和町三丁目三十六番地

一、宅地二百二十坪(登記簿上の表示は畑)の内北東の角四十二坪二合五勺

第二目録

浦和市北浦和町三丁目三十六番地所在

家屋番号同所四十四番の二

一、木造スレート葺平家建居宅 一棟

建坪二十三坪二合五勺

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